時間というベクトル『タイムスケープ』

地球が危機を迎えた1998年から1962年に向けて通信を送り、その危機の原因を絶ってもらおうとする科学者たちの物語。アーサー・C・クラークの後継者といわれるグレゴリイ・ベンフォードの本格SF。
ベンフォードの作品の中でも科学的な部分をかなり綿密に描き、知的刺激に溢れている。光より速く進む物質、それに乗せて送られるメッセージ、それが過去を変えることによって何が起きるのか… タイム・マシーンという古典的なSFのモチーフを夢物語ではない形で描いたかなり説得力のある作品である。
四次元空間では時間がもうひとつの軸になるということはよく知られているが、タイムトリップの原理的な説明はあまり知られていないかもしれない。しかし、わたしが聞いたり考えたりしたところでは、過去へのタイムスリップが可能だとしてもそれがやってきた現在を帰る事はできないというのが大原則である。それは、時間というのが一本の線ではなく、現在という時間で束ねられたベクトルの束であるということから来ている。現在を経由して過去から未来へと進むの流れは無数にあり、わたしが経験した過去へとタイムスリップしても、そのタイムスリップをした時点で、その時間の流れに外力が加わることになって、同じ未来にはたどり着かないということになるのではないかと。
となると、同時に複数の「わたし」が存在することになるのか、ということになるのだが、異なる時間の流れであればそれは同時ということにはならない。それはいわば三次元の空間を点とした場合に平面にプロットすることができる五次元空間のそれぞれの点が異なっているのと同じことではないか。今の私と1秒後の私、10年前の私、異なる時間の流れにいる私、そのどれもがこの五次元空間の中では等価になるという…
というようなことが、この作品からは読み取れて、科学的好奇心を満たしてくれる。純粋なエンターテインメントとしては少々煩雑すぎる感はあるが、SFはやはりこれくらいきっちりしていないと。