『魔術師(イリュージョニスト)』 ジェフリー・ディーヴァー著 文芸春秋社 2004年

魔術師 (イリュージョニスト)ボーン・コレクター」に始まるジェフリー・ディーヴァーの代表作である科学捜査官リンカーン・ライム・シリーズの第5作。リンカーン・ライム・シリーズは脊髄を損傷し四肢麻痺となった元NY市警科学捜査部長リンカーン・ライムが手足となる女性捜査官アメリカ・サックスとともに難解な事件を解決して行くシリーズもの。今回はイリュージョニスト(魔術師)がイリュージョンの手法を借りて行う連続殺人を解決し、続く殺人を防ぐという目的で展開される。
リンカーン・ライム・シリーズの面白さといえば、アメリア・サックスが手に入れてきた「微細証拠物件」からライムが物語を紡ぎだし、犯人を追い詰めて行くという論理的なアドベンチャーである。「科学捜査」が物語の中心になっているだけに、その物語は科学と論理に支配され、論理的な瑕疵があっては読者を納得させることが出来ない。塗料の分析や、繊維の分析、マンハッタン島の地質のデータベースは信用しても魔術は信用しない。
しかし、この作品の相手は魔術師であり、外見上非科学的に見える現象を扱う人間である。この非科学的なものと対立させるという手法をディーヴァーはこの前作の『石の猿』からとっている。この前作を読んでもわかるのだが、どんなに外見上は非科学的に見えても、結局は科学的に証明する事こそがライムの努めであり、物語の結末はそのようにつけられなければならない。したがって、このような非科学的に見える現象というのはライムが探るべき真実を複雑にするのに非常に効果的だ。問題は、ライムがどこまで惑わされ、どこで科学的真実を見出すことができるのかということである。『石の猿』ではこのあたりのバランスがいまいちで、中盤だらける感じだったけれど、この作品では終盤に至るまで緊張感が持続して一気に読める。これまでの5作の中では2作目の『コフィン・ダンサー』の次に気に入った。
『コフィン・ダンサー』のあたりでは、主に人間の恐怖心を科学に対立させている。特に熟なアメリアが恐怖心に駆られて科学的な論理を見失う、犯人は相手の恐怖心を操ることによって理知的な心を曇らせ、やすやすと逃げおおせていたのだ。
その恐怖心を利用したからくりはこの『コフィン・ダンサー』ではやくも頂点を迎え、その次から心理学、迷信、魔術と非科学的なもの(心理学は非科学的なものとは言いがたいが、ライムはそう信じている)を次々と出してきて、読者をひきつけた。そして、その流れはこの『魔術師』で頂点を迎えたのではないか。マジック以上に非科学的な外見を持って科学的なものは存在しない。だから、この話は非常に面白いわけだが、しかしこの先を考えると、またがらりと仕掛けを変えなければならないのではないかと思うのだ。
ライムやサックスのキャラクターは確立され、ライムが自分の四肢麻痺をネタに介護士のトムとやりあうところなどは、それだけで固定ファンを喜ばせるに足る面白さを発揮するが、やはり物語の中心となる謎解きには斬新さが必要とされるのだ。ディーヴァーは良質の物語を書き続けることが出来るだろうか?
ちなみに、今年の6月にリンカーン・ライム・シリーズの最新作“The Twelfth Card”がアメリカで発売される予定だが、そこではタロットカードが手がかりになるらしい。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4163234403/hibikoreeiga-22

3/18の「ほぼ日刊 日々是映画」
溝口健二監督『歌麿をめぐる五人の女』
出演:坂東蓑助田中絹代
http://www.cinema-today.net/0503/18p.html