暖かさがここにある『チルドレン』

伊坂幸太郎は時間を自由に旅する。この5つの短編を再構成した長編小説のようなものでも、ふたつの時間が交互に登場する。そのふたつの時間をつなぐのは陣内という人物。大学生の頃の陣内は盲目の永瀬という主人公の友人として登場し、家裁の調査官となった陣内は同じ家裁の調査官である鴨居の先輩として登場する。
そう、この小説は陣内という人物を縦糸としていながら、彼は物語の主人公=語り手ではない。どちらの時間においても主人公が陣内についてかたるという形で物語が進行して行くのだ。この語り手が章ごとに代わるという展開の仕方も伊坂幸太郎のひとつのパターンである。この語り方によって伊坂幸太郎が実現するのは浮遊感である。読み手が一人の人物の視点に固定されずに、複数の視点からものを眺めることによって感じる浮遊感。それは伊坂幸太郎が好きな映画でカメラが様々な視点から世界を切り取るのに似ている。
しかし、この作品にはそれほど浮遊感はない。それはこの作品には陣内という中心がしっかりとあるからだ。時間を飛び越えるという感覚はあるけれど、空から世界を眺めているような浮遊感はあまりない。だから物語としては今ひとつ弱いという気はする。読者を物語世界にぐいぐいと引っ張り込む強さがないのだ。
そのかわり、この物語には陣内という強力な磁力を持った人物がいる。伊坂幸太郎はキャラクターを作るのもうまい作家だが、『ラッシュライフ』の黒澤とこの『チルドレン』の陣内という人物は特に秀逸だと思う。それ以外にも魅力的なキャラクターが登場するのだが、彼らに共通するのは世間の常識からはちょっと(あるいは大分)ずれているが、人を惹きつけてやまない人物であるということだ。この『チルドレン』の陣内もやることはエキセントリックと言っていいほどに突飛である。しかし、彼は人を傷つけたりはせず、むしろ弱きを助け強気をくじく正義の味方のようなところがある。そして、そのような正義の味方というか、公平とか平等とかいうことを重視するキャラクターが彼の作品では面白みのあるキャラクターとして描かれているような気がする。
それが時には重苦しいものになることもあるのだが、この作品では非常に温かみのある物語となって、読者にほっと息をつかせる。伊坂幸太郎の作品の中でも特に柔らかい作品だと思う。

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