『万華鏡』 レイ・ブラッドベリ著 サンリオSF文庫 1978年

古本屋で購入
万華鏡―ブラッドベリ自選傑作短編集 (サンリオSF文庫)1965年にブラッドベリの自選短編集としてとして出版された“The Vintage Bradbury”の翻訳。名作の誉れ高い「たんぽぽのお酒」や「刺青の男」「こびと」他全23編。
もともと短編集として書かれたものではないので、書かれた時期もテーマもバラバラではあるが、自選短編集だけに、ブラッドベリのエッセンスを楽しむにはいい作品集だと思う。ブラッドベリといえばなんと言っても有名なのは映画にもなった長編「華氏四五一度」だが、実はブラッドベリが短編作家であるというのはSFファンならば周知の事実だろう。ブラッドベリの本当の魅力が発揮されるのは独特の雰囲気を持つ短編のほうであるのだ。だから、大げさに言えばこの本こそがブラッドベリであり、その真髄が凝縮されたものだといえるのではないかと思う。
実際にこの本に納められた作品には名作が数多い。底知れぬ怖さを持つ「小さな殺人者」や「骨」、ほのぼのとする雰囲気とワクワクする面白さを持つ「たんぽぽのお酒」、フリークを描くことで読むものの心を深くえぐる「刺青の男」や「こびと」、タイムトラベルを題材にした「小ねずみ夫婦」、などなどとにかくバラエティ豊かな作品が並んでいる。

どれも面白いのだが、この作品集を読みながら私が特に面白いと思ったのは「骨」と「熱にうかされて」である。「骨」のほうは骨が痛むというおかしな症状を抱えたハリス氏がムッシュー・ムニガンという不思議な医者のところに行くが、どんどんどんどんその異様な感じがまして行くという話。「熱にうかされて」のほうは高熱を出した少年チャールズが急に手が自分のものではないような気になり、それがどんどん広がっていってしまうという話。
このあらすじだけを見てもわかるようにこの2つの話は非常によく似ている。どちらも自分の体の一部に異常を感じ、その以上によって自分が支配されていくような錯覚を覚えるという話なのだ。そして、この2つ以外にも、そのように自分の体の一部が恐怖の源泉になるという話がこの本にはいくつか収められている。この本を読みながら思ったのは、ブラッドベリというのは自分自身のうちにある得体の知れないものに恐怖を感じ、それに突き動かされて物語を紡いでいるということだ。恐怖は外にあるのではなく、自分自身の中にある。自分の体が自分自身のうちにある得体の知れないものに奪われていくという恐怖、それこそがブラッドベリの物語のテーマなのではないだろうか。ブラッドベリの物語の多くにやるせないような終末論的な空気が漂うのは、彼が常にそのような抗いようのない恐怖に襲われているからなのではないか。そして外へ向かって挑戦して行くというよりも、内へ内へとこもる感じ、そのブラッドベリの独特の雰囲気も、このような恐怖に源泉があるのではないかと思う。
これをさらに分析して行くと、心理学的に去勢恐怖とつながったりするのかもしれないが、そのような小難しい分析をせずとも、このような恐怖がわれわれのうちにある同じような恐怖心と結びついて、ブラッドベリに作品に否応なく惹かれてしまうということは感じることが出来る。あるいは、ブラッドベリの作品に惹かれるということは、そのような恐怖心を抱えて生きているということだ。
その恐怖は暗く深いけれど、どうしてもひきつけられてしまうものでもあるのだ。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4387861657/hibikoreeiga-22

3/23の「ほぼ日刊 日々是映画」
溝口健二監督『夜の女たち』
出演:田中絹代高杉早苗浦辺粂子
http://www.cinema-today.net/0503/23p.html